アメリカ合衆国ニューメキシコ州のNew Mexico Skies天文台(🗾Google Map)で運用されている望遠鏡 Dragonfly Telephoto Array(以下Dragonfly望遠鏡)に、新たに偏光観測機能を搭載し試験観測を行いました。天文学研究センターから、秋田谷上席研究員が共同研究者として参加している計画です。
Dragonfly望遠鏡は、市販の望遠カメラレンズとCCD検出器の組を24本束ねた架台を2台・合計48本の小望遠鏡からなる大変ユニークな望遠鏡です(写真1; dragonflyは「トンボ」の意。まさにトンボの複眼のように小さな眼を束ねた望遠鏡)。集光力は直径1.0mの単一望遠鏡に相当します。また、視野が3度角 x 2度角と大変広いのも大きな特徴です。これにより、通常の単一望遠鏡では技術的に両立が難しい2つの長所、集光力と広視野を兼ね備えた望遠鏡を実現しています。


▲写真1: Dragonfly望遠鏡の前面と背面。24本のレンズを束ねている。同じ架台がもう一台ありそれらを合わせて運用する。
これまでDragonfly望遠鏡は、広視野・大有効径による優れた撮像機能により、近傍銀河周辺の淡いハロー成分の検出や矮小銀河の淡い星成分の検出などで画期的な成果を挙げてきました。
一方で、秋田谷が参加する研究グループでは、広島大学かなた望遠鏡を用いた直線偏光観測を通じて天の川銀河の磁場構造を明らかにしてきていますが(広島大学ニュースリリース)、一度に観測できる視野が非常に狭い (10分角四方=Dragonfly望遠鏡視野の二百分の一以下)という難点を抱えていました。そこで、Dragonfly望遠鏡に注目し、各カメラレンズの光路中に直線偏光板を追加で挿入することで、偏光観測が可能な広視野望遠鏡として用いることを構想しました。(脚注: 偏光観測とは?1)
Dragonfly望遠鏡への偏光観測機能搭載計画はMehrnoosh Tahani氏(サウスカロライナ大学)が主導して進めており、偏光観測装置の開発・運用の経験に長けた秋田谷、川端弘治教授(広島大学宇宙科学センター)ほかが共同研究者として参加しています。
この度、現地時間2025年9月7日から17日にかけてMehrnoosh氏・川端氏・他2名とともに秋田谷がNew Mexico Skies天文台に赴き、Dragonfly望遠鏡への偏光素子の設置と初期試験観測を行いました。
滞在序盤は、カメラレンズそれぞれに偏光板を設置する作業に費やしました。偏光板を1度角以内の精度でフィルターセルに固定してはレンズに差し入れる、これを48台分繰り返す地味で慎重な作業の連続となりました。その後、天体光を入れての初の偏光画像の取得に成功しました(写真2)。なお、天体データの取得が滞在終盤に集中したため、現地での解析が追いつかず詳細な評価は帰国後の課題となってしまいました。これから丁寧なデータ解析を行い、偏光観測装置としての性能を検証していきます。
Dragonfly望遠鏡は、遠隔操作により自動で観測データを取得することができます。偏光観測性能の検証が済んだ暁には、分子雲や銀河面の磁場構造の解明や、偏光を伴う多様な天体の周辺構造の解明など、様々な研究テーマに活用していきます。

▲ 写真2: 偏光機能搭載後に取得したアンドロメダ銀河M31画像群の一部(全48台の望遠鏡のうち12台分)。
さて、New Mexico Skies天文台は天文学研究上極めて重要なSDSSサーベイが成されたアパッチポイント天文台や太陽望遠鏡で有名なサクラメントピーク観測所と同じ山塊に位置し、世界的に優れた天文観測環境を有しています。空は暗く澄んでおり、毎夜、裸眼で鮮やかな天の川を眺めることができました(写真3)。

▲ 写真3: いて座銀河中心方向の天の川。コンパクトデジタルカメラで25秒露光。
関連リンク
- New Mexico Skies (Google Map)
- Dragonfly Telephoto Array
- Mehrnoosh Tahani
- 【研究成果】天の川の「あやつり糸」の断層撮像に初めて成功――三次元磁場構造の初観測で天の川銀河の構造形成の謎に迫る―― (広島大学)
- 偏光観測とは?
天文学では天体からの光(電磁波)を受けてその素性を探ります。よく使われるのは、撮像観測や分光観測により、電磁波の強さの分布やその波長(色)による相違を測る手法です。しかし、電磁波にはその他に電場・磁場の振動方向や回転といった特長も併せ持ちます。これらの特長を偏光と呼びます。天文学における偏光は、星からの光が宇宙空間に漂う塵粒子などで光散乱されたり吸収されたりする場合に生じます。その性質を逆手にとり、天体からの電磁波の偏光を測ることで、塵粒子の分布や塵粒子を整列させている宇宙空間の磁場の方向などを知ることができます。偏光を測定するには、通常の撮像・分光装置に加えて、偏光板や位相板(波長板)と呼ばれる特殊な光学素子を入れた上で画像や分光スペクトルを得て、それらを演算する処理が必要になります。今回のDragonfly望遠鏡では、望遠レンズに直線偏光板を4つの異なる角度で挿入して画像を撮影し、それらを計算機上で演算することで、天体それぞれの偏光(直線偏光の偏光度と偏光方位角)を測定します。 ↩︎
